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土の中
庭はいろんな水仙が花盛り。ほんわりと花の香りが漂っている。

家庭菜園の本では、よく土作りが大事だと書いてある。特に、土の中の微生物の状態が土作りを左右するらしい。
適度に栄養があり、通気もよく、水はけもよくと良い条件が揃うと、土の中の微生物がよく働いて、棒を指すと1m以上もスーっともぐるようなふかふかの土ができるのだそうだ。我が家の畑では、なかなかそうはいかない。そういう土は、土の中も暖かく、微生物の働きによって生じる香りや味があるらしい。
そういえば、畑をやっている叔母が、土を触って温度を確かめたり、土を舐めたりしているのを見たことがある。あれは、微生物の働きをみていたのかもしれない。
そうやってふかふかになった土は、たくさんの微生物たちが絶妙のバランスで生きている状態だという。
ところが、化学肥料を使ったり、栄養をやりすぎたり、消毒など薬品を使用したりすると、微生物たちが死んでしまったり、少なくなってしまったりして、バランスが崩れてしまうのだそうだ。そうなると、野菜にとって悪い働きをする微生物が増えてしまい、野菜に虫がついたり、病気になったりする。そこでますます薬を使ったり、消毒などをしてしまうと、ますます状態が悪くなり、悪循環にはなるのだそうだ。
ここまで考えて、ふと思った。これって、身体の中と一緒じゃないのかな。きっと。
よかれと思って足して悪化したり、悪くなったのは、どこかに悪いヤツがいるせいだと、敵を探し出して、やっつけても良くならなかったり。今、健康になることって、そんなことをしているのではないかしら。
血眼になって、敵を探しているけれど、本当は敵じゃなくて、バランスが崩れただけじゃないのだろうか。
土の中には、大きいものから小さいものまで、たくさんの生き物がいる。善悪、敵味方なんて、本当は無いのではないかしら。
AEON新潟南の発表会に出演 4/24
AEON新潟南にあるカルチャースクール「JEUGUA」の端唄三味線教室のメンバーが、カルチャースクールの発表会「Spring フェスティバル」に出演します。
他にも、フラダンスなどの踊り、楽器演奏など、様々なジャンルの教室の発表があります。
お時間ございましたら、ぜひお越しください。端唄三味線は、トップバッターです!
**Springフェスティバル**
・日 時 4/24 (日) 10:00~15:00
朝川会のメンバーは10時に出演します!
・場 所 イオンモール新潟南1F マリンコート
庭は皆の通り道
子供の頃は、よく近所の人が庭を通っていた。理由は簡単。私の家の奥に住んでいる人は、ウチの庭を通った方が近道だからだ。
「どうもね」「おばんなりました」などと、一言交わしながら、軽く会釈をして通っていく。こちらが庭先にいたりすると、そのまま一緒に立ち話をしたり、縁側に座ってお茶を飲んだりしていた。
これは私の集落に限ったことではなく、母の実家でもそうだったから、どこでもそうだったのだろう。お互いの庭が、半ば公共的なスペースだったような気がする。
その時に垣間見えるお互いのプライベートな事々も、見ないような見たようなふりをしながら、なんとなく暮らしている。
近所の犬も猫も、鶏も歩いていた。よその犬や猫もかわいがっていたし、食べ物もあげていた。
今思えば、子どもの頃は、個人同士も、家同士も、人間と他の生き物の間も、境がボワーっとしていた
今はさすがに、他人の家の庭を近道にと通る人はいないし、犬も猫も鶏も放し飼いにはなっていない。
けれど、キジは相変わらず、縄張りチェックのため、毎日庭を歩き回っている。もっともキジから見れば、自分の縄張りに、人間が住んでいるということになるけれども。
この庭は一体誰のものだろう、そうやって考えると、今でもボワーっとしてしまう。
銅鐸つづき
庭は椿が花盛りだ。よく見ると微妙に色合いも形も違う。

戦いに負けた銅鐸文化の人たちは、命令されて、自分たちで山の斜面を掘り、大事な銅鐸を横たえて埋めたのではないか。舌は、二度と銅鐸が鳴らされないように、別にして、捨てられた。
たぶん、抵抗をせず、だまって皆で山を掘ったに違いない。そんな光景が目に浮かぶ。
大化の改新頃の郷の家族構成が載っていた。公奴婢、私奴婢が、非常に少ない。268人の郷で一人も奴婢がいないところもあった。
これはどういうことなのだろう。
戦って負ければ、勝った側の奴隷になる。戦利品だから。
こんなに少ないのは、もしかしたら、戦わなかったのではないか。
戦わずにムラを明け渡せば、制服者のムラの一員となり、奴隷にはならなかったのかもしれない。そうして、婚姻などを通じて、混じっていったのかもしれない。
武器を作らなかった人たちは、非戦の人たちなのではないか。
ただし非戦ということは、諦めて服従しているのではないような気がする。
権力に対して、こちらも権力で集団をまとめ、戦うことは、同じ価値観の集団になってしまう。それは、自分たちの大事にしているものを、捨ててしまうことなのではないか。
暴力に対して、非戦で応じたとすれば、それは、銅鐸文化の人たちの、根本的な思想を捨てなかったということだ。
青銅器は、出来た時は金色に輝いているのだという。銅鐸はどんな音がしたのだろうか。
銅鐸
庭の水仙を玄関の出窓に生けた。ポーランドのティーポットと一緒。

「日本史」のことが気になって、高校時代の参考書をはじめから読んでみた。縄文時代から弥生時代になる頃、弥生式土器と前後して、北九州にはじめて青銅器および鉄器が現れる。初期のものは、明らかに中国あるいは朝鮮半島製のものだったが、そのうち、日本でも制作されるようになった。
青銅器の代表的なものは、銅剣、銅鉾、銅戈、銅鐸、銅鏡、その他、鋤・鏃などがあったという。武器と祭事、農耕用器具である。
この中で、銅鐸は、日本で作られた形態のものだという。
銅鐸は、大きな鐘のようなもので、中に舌というものがぶら下がり、これを振って音を出していたらしい。銅鐸の使用目的は、何かの神事、祭りに使われたのかもしれない等、諸説あるらしい。
武器として入ってきた銅剣、銅鉾は、はじめは細身で鋭利で実用的な細形だったのが、国内で生産するようになると、薄手で、ひらたく大形になり、非実用的な儀式化したものになっていったのだという。
武器として入ってきたものが、国内生産するようになると、武器ではなく、儀式の道具になってしまう。武器を作るのに優れた材料なのに、その材料で儀式用の大きな銅鐸を作ってしまう。
これはどういうことなのだろう。
優れた武器を作って、富を持っている他の人々に戦いをしかけ、ぶんどることはできたはずだ。なのに、そうではないものを作ってしまう。
ダイナマイトを発明したノーベルは、それが多くの人を殺してしまう殺戮道具になってしまったことにショックを受けた。江戸時代では、戦がなくなり、火薬が花火になった。
技術の平和利用とはなんだろう。
その昔、武器を作ってより多くの富と権力を手に入れることができたのに、しなかった人々の暮らし、文化があったのだ。
3世紀後半頃、銅鐸はぷっつりと無くなってしまう。発見される時は、集落から離れた山の斜面などに横向きにされて埋められている状態なのだそうだ。音を出すために必要な舌は、一緒には埋められていないそうだ。
日本書紀、古事記には銅鐸に関する記述は全く無い
結果的には、新しい材料と技術を使って、武器ではなく祭事用の青銅器を作った人々は征服されてしまったのだろう。
優れた材料、技術を手に入れた時、何を作るかというのが、どういう文化なのかということになるのではないか。
原子力の平和利用、武器輸出解禁、これらの言葉を聞く時に、埋められた銅鐸を思い出す。
「新」と名のつく
「新」と名のつく歴史的事件は、結構ある。
日本史で最初の方に出てくるものといえば「大化の改新」。
「新」と言うと、良いことのような気がする。しかし、授業で聞く内容は、古くて悪いものを改め、良いことが始まるような政治が始まったという訳でもなく、権力をめぐる殺し合いにしか思えない。
どこが「改新」なのか?それについては、授業は何も説明しない。「大化の改新」という事件がありましたというだけだ。だから、授業はそれほど面白くはない。
コロンブスによる「新大陸発見」。これは、中学校位で習ったのだろうか。そして、インディアンの人達と出会ったコロンブスの挿絵があった。
「そこにすでに人が住んでいるのに、なんで新大陸発見なのか?」不思議に思った私は、先生に質問したような記憶がある。先生の答えは覚えていない。
どうも歴史というのは、うさんくさいものだ。というような印象があった。
近代史は授業ではもう駆け足になるが、また「新」が出てくる。
「明治維新」。これだって、どうみたって、徳川幕府に対する薩長土肥連合のクーデターのように見えるのだが。明治の初め頃は、暗殺が横行している。これがご一新後の良い世の中なのか。
受験科目だったため、日本史の参考書は丸暗記したが、どうも歴史という科目が当時は好きではなかった。いつもあちこちに、これはなんなんだろう?と引っかかったからかもしれない。
もしかしたら、「新」とつく出来事は、「破壊」という言葉に掛けたオブラートなのではないか?ある日ふとそんなことを思った。
明治維新と、戦後アメリカから入ってきた新しい文化、それでどれだけのものが失われてしまったのだろう。形あるものも、形のないものも。
シジュウカラの言葉

シジュウカラは言葉を持つことが発見されたという。
「危ない!」という鳴き声も、蛇なのか、カラスなのかを使い分けているという。
「危ない」「集まれ」と鳴くと、皆集まって敵を攻撃するのだそうだ。
ところが、「危ない」「集まれ」の鳴き声を、逆にすると、全然反応しないのだという。これは、シジュウカラの言葉には、文法があるという解説だった。
でも、もしかしたら違うかも、と思った。「危ない」「集まれ」という一つの音の流れで、一つの音楽、曲なのではないだろうか?もし、これを逆にすれば、別の曲になってしまう。
だから、意味が通じないのではないのだろうか。
鳥はきっと唄っている。
言葉って、唄から始まったのかもしれない。
4分のタイマー

先日テレビを見ていたら、ある飲食店が出ていて、そこの麺の茹で加減の話になった。
3分茹でるとちょうどいいということだが、そこの店主は、タイマーを4分にするのだそうだ。そうして、そろそろかなと行くと3分ちょっと前なのだそうだ。
レポーターは、「タイマー3分にすればいいじゃないですか」と笑って突っ込んでいたが、どうだろう。
ちょうどいい加減は勘でわかる。麺をお鍋に入れてから、どうかな、まだかなとなんとなく気にしながら別の作業をしている。そうすると、そろそろかも、と勘でわかり、見に行くとちょっと前だ。
タイマーが4分なのは、何か別のことに気がいって、ど忘れしてしまった時の、アラームなのだ。いつも気にしていれば、何かがやりすぎているかどうかが、わかるようになる。
これをもし3分にしてしまえば、いつも気にするということを放棄し、全部が人任せになってしまう。
便利と引き換えに、何かを手放してしまうことって、あるような気がする。
だからタイマーはどうしても4分なのだ。
不機嫌な居酒屋

今朝のラジオを何気なく聞いていたら、「今の人は、自分が一番幸せじゃなければいけないんです」という一言が耳に入ってきた。
「ええ?」一瞬びっくりした。そうなのか。
そのような前提で、色々なビジネスを組み立てるのだとか。
なるほど。それで、ここのところずっと、なんとなく胸にひっかかっていた光景が理解できた。
一ヶ月位前、とある居酒屋に入った。ここは、昔好きでよく通っていたお店だ。休日で早めの時間ということもあって、カップルや女性同士が多い。カウンターにいたので、見るともなくまわりの人の様子が目に入る。
そのうち、なんだか違和感が湧いてきた。女性たちが、あまり楽しそうではないのである。せっかくの休日、パートナーや友人といるのに、あまりにこにこしていない。
「これはなんだろう」
男性の方がご機嫌をとっているようなカップルや、女性が男性に説教をしているようなカップルもあり、なんとも不思議だ。
別に女性が下手に出る必要もないが、お互いの話しを楽しく聞きながら飲む、というのが、お酒を飲む時のパターンだと思っていたので、なんでだろうなあ、と思っていたのである。
その「なんでだろうなあ」とくすぶっていた疑問が、やっととけた。
自分が一番幸せになりたいのだから、人が幸せな話は、きっと聞いていて楽しくないのである。「そんな、まさか」と思うが、そうなんだろう。
よく、人の不幸は蜜の味という。もともと人間はそういう癖はある。でもなあ、だからといって、目の前の恋人や友人の幸せも、楽しくないのかなあと、ちょっと不思議だ。
「一番」幸せでなければいけない、と思うところには、比較がある。「一番」であるためには、自分より下のもの、少ないものが必要だ。自分に比べて、多いものがいては、幸せにならないのである。「一番」でなければいけないのだから、二番以下は不幸だ。
誰かが、「ただいま~」と幸せそうに帰ってきたら、自分の幸せ度より、そちらの方が多い様に感じてしまうかもしれない。そうなったら不幸一直線である。
どうしたら自分が一番幸せになれるのか。比較する幸せ度は、相対的なので、相手の幸せ度を減らしてしまえば自分が一番になれる。かくして、不機嫌な顔をすれば、相手の幸せ度が下がり、自分が一番になれる。小学校の算数並に、簡単なことだ。
でも、その後は、心から幸せだろうか?これは、小学生の方がよくわかっているかもしれない。
朝の座禅
なんとなく思いついて、朝、坐禅をしてみた。小学校の夏休みに、子供座禅教室に行ったことがあったので、その時に習ったやり方を思い出してみた。
とりあえず100回深呼吸をする間、やってみようと思ったのだが、意外に長く感じた。
最初は身体がふらふらしていたのだが、その内身体が動かなくなった。そうしたら身体が、なんだか箱のように感じられ、中に柔らかいものが入った入れ物のような気がしてきた。
「ああ、わたしは木になった」
下半身はどっしりと床について、箱の中を息だけが出入いりしている。
植物は、こんな感じで、世界とつながっているんだなあ、そんな気がした。
わたしは止まっている。だから動くものがわかる。
もし、私が動いていれば、同じ速さで動いているものは止まってみえる。止まっているものは、後ろに下がって見えることになる。
木はこんな風に世の中を見ているんだなあと思った。
案外、動き回っている人間よりよく見えているのかもしれない。







