「新」と名のつく

建物と建物の隙間に、おおきなたんぽぽ。ここも春だあ。

「新」と名のつく歴史的事件は、結構ある。
日本史で最初の方に出てくるものといえば「大化の改新」。
「新」と言うと、良いことのような気がする。しかし、授業で聞く内容は、古くて悪いものを改め、良いことが始まるような政治が始まったという訳でもなく、権力をめぐる殺し合いにしか思えない。
どこが「改新」なのか?それについては、授業は何も説明しない。「大化の改新」という事件がありましたというだけだ。だから、授業はそれほど面白くはない。
コロンブスによる「新大陸発見」。これは、中学校位で習ったのだろうか。そして、インディアンの人達と出会ったコロンブスの挿絵があった。
「そこにすでに人が住んでいるのに、なんで新大陸発見なのか?」不思議に思った私は、先生に質問したような記憶がある。先生の答えは覚えていない。
どうも歴史というのは、うさんくさいものだ。というような印象があった。
近代史は授業ではもう駆け足になるが、また「新」が出てくる。
「明治維新」。これだって、どうみたって、徳川幕府に対する薩長土肥連合のクーデターのように見えるのだが。明治の初め頃は、暗殺が横行している。これがご一新後の良い世の中なのか。
受験科目だったため、日本史の参考書は丸暗記したが、どうも歴史という科目が当時は好きではなかった。いつもあちこちに、これはなんなんだろう?と引っかかったからかもしれない。
もしかしたら、「新」とつく出来事は、「破壊」という言葉に掛けたオブラートなのではないか?ある日ふとそんなことを思った。
明治維新と、戦後アメリカから入ってきた新しい文化、それでどれだけのものが失われてしまったのだろう。形あるものも、形のないものも。

2016-04-03 | Posted in つれづれ, ブログNo Comments » 

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