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十歳


先日、本を読んでいたら、十歳というのは、ひとつの節目だとあった。そうかもしれない。
十歳になった時のことは、よく覚えている。
「私は十歳になった。もう一人前だ。大人になった。これからはなんでも自分でできる」と、思った。「だいたい子供はいつでも一人前の子供なのに、大人はなんで半人前扱いをするのだろう」などと思っていた子供だったので、十歳というのが、一つの区切りになったような気がしていた。それから反抗期になり、心身ともに大人になっていくのであるが、十歳になった時の感じはよく覚えている。
宮沢賢治の「雪渡り」というお話の中に、兄さんを誘ってもいいかと言った主人公が、狐の幻灯会に行けるのは11歳以下であると、狐に断られるところがある。昔は数えだから、やはり十歳が分かれ目となるのかもしれない。
ずっと子供ではいられないんだ、と、本当に実感した時、幼い時に亡くなったひいおばあちゃんの顔が浮かんできた。「そうだ私は死ぬんだ」と思い、恐い夜を、布団をかぶって過ごした。それも十歳だ。
十歳になり、大人になろうとするときに、捨てていかなければいけないもの、忘れてしまうことがあるのではないかと、悩んでしまった。そんな時、宮沢賢治のことを思い出した。
宮沢賢治は、あのような不思議な、どちらかといえば科学的ではないお話しをたくさん書いているが、自然科学の知識もたくさん持っている人ではないか。だから、大人になり、勉強して知識をつけていっても、今、大事だと思っていることは、なくなってしまうことはないんだ、と安心し、大きくなることを受け入れたような気がする。
十歳までに読んでいたとっても好きだった物語は、最後に主人公が死んでしまうお話しだった。十歳までは、あちらの世界に戻ることもまだできたのかもしれない。十歳を越えて、こちらで生きていこうという小さな覚悟ができたような気がする。

2015-11-24 | Posted in つれづれ, ブログNo Comments » 

 

腸内の細菌

人間の腸内には、100兆個の細菌が住んでいるらしい。ものすごい数だ。変な話だが、大便の4割は、腸内細菌の死骸なのだそうだ。そして2割は自分の身体の不要となった細胞の死骸なのだそうだ。だから、食べ物のカスは半分もないらしい。知らなかった。
そんなたくさんの腸内細菌が何をしているのかというと、多種類の細菌が腸の中で共生していて、口から取り込んだ食べ物が腸に入ると、それを食べて、人間に必要な栄養に変化させているのだという。その後で、腸から体内に取り入れているのだ。腸内細菌がないと、私たちは、必要な栄養が取れないらしい。その他にも、免疫細胞を教育したりしているとか。なんだかすごいぞ。
ビフィズス菌とか、腸内フローラが身体にいいとか、色々言われているが、そんなこととは知らなかった。
前から、肚という字は、なんでニクヅキに土なんだろうと思っていたが、やっと謎が解けた。腸内細菌が、口から取り込んだ食物を、いろんな必要な栄養に変えて、人間に与えてくれているからなんだ。まさに肚は、大地、土のようなものだったんだな。なるほど。
人間は、ミトコンドリアといい、腸内細菌といい、体内にいる他の生き物なしでは、一秒たりとも生きていけない存在だったんだ。人は一人では生きていけないというが、一人の体も、他の生き物なしでは、生きていけないということだ。
落語に、町内の若い衆という話があった。色々と家のものを褒めてもらう度に、どれもこれも、みんな町内の若い衆が、よってたかって、作ってくれたようなもんだよお、とおかみさんが言う話だ。
私の生命も、腸内の細菌や、細胞内のミトコンドリアが、よってたかって、作ってくれているもののおかげだったんだねえ。ありがとう!
明日は、腸内の細菌衆に、ご馳走します。

2015-11-22 | Posted in つれづれ, ブログNo Comments » 

 

ル・レクチェの畑

先日、信濃川沿いの道を走っていたら、「ル・レクチェ直売」ののぼりを発見。
「寄ってみようよ」と皆で寄り道。ル・レクチェは、新潟特産の洋梨だ。ラフランスよりも大きくて、柔くてねっとりと甘く、香りも良い。この季節は、とても楽しみにしている。
梨の箱が山積みになった建物の入口に、生産者らしい若い男性がいた。ル・レクチェを買ってから、「ル・レクチェの木って、他の梨の木と違うんですか?」と聞いてみた。
「そんなに変わりませんけど、ル・レクチェはまだ葉っぱが残っています。見ますか?」との答え。
「いいんですか?ぜひ」と即答の私。すぐ裏には、梨の畑が広がっていた。
「これがル・レクチェの木です」と教えてもらったあたりは、確かに少し紅葉して、葉っぱが残っている。他の木は、もう枝だけだ。すこしかがむくらいの高さに棚があって、枝が天井の様に広がっている。そして、下はきれいに草が刈られた地面だ。「草取りは大変ですか?」「何度もやります」と、表情に大げさな変化はないものの、真面目な人柄が感じられる雰囲気。
「落ち葉には、病気が付いているものがあるので、今は、こまめに落ち葉を拾っています。」とのこと。風で集めて、それを手で拾っているのだそうだ。もう6、7回はやっているという。「なるべく薬は使いたくないですから」とぽつり。
何百本もありそうな梨畑。その落ち葉拾いとは。
あまりお邪魔するのも悪いので、そのあたりで失礼した。
ル・レクチェを手にして、梨の木の下でかがんで見た、きれいな棚と地面を思い出す。
本日は、最後の一個、大事にいただきます。

2015-11-21 | Posted in つれづれ, ブログNo Comments » 

 

第7回 新潟教室お浚い会終了

11月15日(日)、新潟教室のお浚い会が無事終了しました。会場はいつもの燕喜館。お天気は今ひとつでしたが、時々晴れ間も見え、きれいな紅葉も見られました。
オープニングは、「梅は咲いたか」。東京教室男性陣の小鼓と太鼓、東京教室の笛の先生が、鳴り物入りで華を添え、賑やかに幕開き。

今回は初舞台が大勢。
メディアシップ教室からは、唄と三味線の皆さんがそれぞれ演奏を披露。


弾き唄いと唄で初舞台です。


東京教室からは、若手二人が初参加。

太鼓やお箏で、仲間の演奏を盛り上げたり、東京教室のメンバーが新潟教室の演奏に鳴り物で参加したりと、コラボも盛んになってきました。
発表の後は、特別出演の東京教室の笛の先生の音色で、会場もしっとりとした雰囲気に包まれました。

終演後の打ち上げでは、新潟でも笛のお稽古を始めたいとの声もあがり、端唄の楽しみもますます広がりそうです。
皆さん、来年もまた頑張りましょう。
皆様、来年もまたぜひお越しくださいませ。

2015-11-18 | Posted in ブログ, 朝川会No Comments » 

 

屋号

私の住んでいる集落は、古い集落だ。鎌倉時代のお話もあるから、相当古いのだろう。私の家の初代のお墓の年号は元和である。我が家は、江戸時代の始めから住み始めたようだ。
百軒ほどの集落だが、それぞれの家に屋号がある。子供の頃は、音でしか理解できなく、「しょーべーどん」とか「まつしろどん」って、なんだろうと思っていた。後から、「庄兵衛」「松四郎」など、名前だと分かった。他の屋号は、「豆腐屋」とか「まんじゅう屋」とかもあった。子供の頃は、「まんじゅう屋」には、まんじゅうがたくさんあっていいなと思っていたが、そんなことは無かった。
今でも屋号で呼び合っているが、私はほとんどわからない。それを聞いた同級生が、苗字、屋号の両方の地図を持ってきてくれた。これが、面白い。
「材木屋」「船頭さ」「大工」「左官どん」「わたや」「こうや」「かたや」「茶屋」「花火や」、、、色々な屋号がある。
材木屋や船頭さは、川のそばだ。まんじゅう屋や茶屋は、県道沿いだ。昔は、川や街道が賑わっていたんだろうな。大工さん、左官さんもいる。家はみんな自分たちで建てていただろうけど、それぞれの職人さんもいたんだね。「わたや」「こうや」「かたや」、衣類の機織り、染めも集落内でできたんだ。「嶋屋」という屋号の親類がいる。なんで嶋屋というか、わからないと言っていたが、16世紀中頃から、舶来品の縞の織物が流行り、島渡りとしてもてはやされて、嶋という字をあてていたこともあったというから、縞の織物を織っていたのではないかと思う。
今でも、近所には花火師がいる。村祭りの花火を上げるもの、村の人だ。
屋号の地図をじっと見ていると、昔のことがどんどん想像されて、ちっとも飽きない。集落は、なんだかとっても活気がありそうだ。勤め人が多くなった今よりも、もしかしたら、もっと賑やかな毎日ではなかったのだろうか。
屋号には、物語がとじ込められている。そんな気がする。

2015-11-09 | Posted in つれづれ, ブログ, 昔の生活No Comments » 

 

唄う遊び


「わらべうた」という本を買った。パラパラ見てみると、なつかしい。
ずいずいずっころばし、かごめかごめ、あんたがたどこさ、こんな唄で子供の頃は、たくさん遊んだ。
手遊びというのだろうか。よくやったのは、「ずいずいずっころばし」「茶摘み」「お寺の和尚さん」など。「塩煎餅」という遊びもあった。最初は皆が手のひらを下に向けて並べる。親になった子が、「しょーせんべい、しょーせんべい、どーのーせんべいが焼けた こーのーせんべいが焼けた」と唄いながら、人差し指で順番に差していく。唄が止まった時に差していた手のひらを裏返し、また唄う。そして、もう一度差されたら、焼き上がりなので、手をひっこめる。そして最後に残った手の人が、次の親になり、また、煎餅焼きが始まる。結構飽きもせず、何度も遊んでいた覚えがある。この曲は、本には載っていなかった。新潟の遊びなのだろうか。
「せっせっせーのよいよいよい」という言葉から始まったお寺の和尚さんも、よくやった。「らかんさんがそろたら」は、今やったら結構白熱しそうだ。反射神経も鍛えられそう。
「かごめかごめ」「花いちもんめ」「開いた開いた」など、屋外での唄いながらの遊びもたくさんあった。「だるまさんが転んだ」、なども唄かな。かくれんぼも、「も~いいかい」、「ま~だだよ」、と声を上げながらやっていた。
「明日天気になーれ」と言って、庭で下駄を飛ばしていたっけ。こんなのも短い唄といえば唄かもしれない。
思えば本当に唄いながら遊んでいたわけだ。終わりは必ず笑いと歓声。単純で、すぐに結果が出て、飽きない。そんな遊びだった。
今も、唄いながらする遊びってたくさんあるんだろうか?それとも歌っているのは、パソコンやスマホの方なんだろうか?

2015-11-05 | Posted in つれづれ, ブログ, 昔の生活No Comments » 

 

セクシーな人参

裏で野菜を洗っていたら、洗い桶の底に小さな人参が。拾い上げてみたら、なんともセクシーな人参である。手のひらに乗るほどの小ささで、なんだかかわいい。
この形をみていたら、土偶を思い出してしまった。お尻が大きくて、安産型のスタイル。あまりの形のおかしさに、つい撮影。
実は、女性の大事なところは、昔から、笑いを誘うものだったらしい。
天の岩戸の中に隠れた天照大神を外にだそうと、アメノウズメは、「胸をさらけ出し、裳の緒(ひも)を大事なところにたらして、踊った」のだそうだ。伏せた桶に乗って踊ったのも、よく見えるように?かもしれない。それを見た神様たちは大笑い。不審に思ってちょっと岩戸を開いた天照大神は、外へ連れ出されてしまったのだ。
こんな昔話も思い出した。鬼に捕まっていた娘を助け出し、船で逃げ出した母娘が、鬼に見つかった。鬼たちは、ものすごい勢いで川の水を飲み出し、船が吸い寄せられて絶体絶命!というところで、庵女さまが現れ、「お前たち、ぐずぐずせんで、早よ大事なところを鬼に見せてやりなされ」と言って、三人一緒に着物のすそをまくるのだ。これを見て鬼たちは笑い転げ、水をすっかり吐き出し、助かったという話だ。この展開を読んだ時は、ひっくり返るほどびっくりした。
女性の大事なところって、かなり笑えるものだったのだ、昔から。
浮世絵の春画は、「笑い絵」と言っていたらしい。それもそういうことなんだ。
セクシー人参を母に見せたら、大笑いしていた。
「縄文のビーナス」という、おしりもおなかもぷっくりした豊満な土偶がある。
この人参だって、なかなかのプロポーション。
よし、この人参は、「畑のビーナス」だ。「茄子」じゃないけどね。

2015-11-02 | Posted in つれづれ, ブログNo Comments » 

 

初白鳥

今年は、例年よりも10日早く、白鳥が瓢湖に来たらしい。冬が早いのだろうか。そんな話を友人としていた。
今日、新潟からの帰り道、急に道が渋滞し始めた。「おかしいなあ。帰宅時でもないし、こんな時間にどうしたんだろう」と思いながら、ゆっくりと進んでいった。
と、前方の田んぼに、白い塊が、いくつも見える。
「白鳥だ!」
稲刈りが終わった後に出てくる二番穂は、白鳥の好物である。瓢湖に渡ってきた白鳥は、昼間は家族単位で、周辺の田んぼに餌を食べにくるのだ。
田んぼに群れている白鳥は、新潟の冬の風物詩だ。
「今年初めて見る白鳥だ。かわいいなあ」
近づいてくるにつれ、よく見たさに、思わずスピードも緩む。土の上にいる白い白鳥は、なんだか、不思議だ。野良なんだよね。当たり前だけど。
白鳥のいる田んぼを通り過ぎると、渋滞が嘘のように終っている。、
なあんだ、皆、白鳥が見たくて、ついついスピードを落としていたんだね。
そう、白鳥渋滞だったのである。
これからは、たくさんの白鳥を見ることになるので、そのうちあんまり珍しくなくなるのだが、初物だったからねえ、今日は。
初物を食べると寿命が伸びるというから、今日は初白鳥を見たから、寿命が伸びる?
なんだか縁起がいいねえ。

2015-10-28 | Posted in ブログ, 自然No Comments » 

 

夕焼け小焼け


秋は夕焼けがきれいだ。これは、ちょっと前に見たウチの畑からみた夕焼けだ。この日は空気が澄んでいて、雲の具合もちょうどよく、本当にきれいな夕焼けだった。
ちょうど畑の目の前の里山に沈むので、子供の頃から、夕焼けはよく見ていた。そして、大好きだった。
小さい頃から、一年の中では季節では秋、一日では夕焼けが一番好きだった。子供の頃から黄昏ていたようでもあるが、さすがに近頃は、季節は夏や春もいいかなと思ってきた。でも、夕焼け好きは変わらない。
日が沈む頃になってくると、「今日の夕焼けはきれいだろうか」と、気になってくる。家の中にいても、今日はきれいそうだという予感がすると、外へ出て確かめてしまう。夕食の準備をしていても、台所の窓から夕焼けが見えたら、もうだめだ。すぐに外に見に行ってしまうし、とてもきれいだと、「夕焼けがきれいだよ」と家族を呼びにいってしまう。夕焼けは、私には、夕食の準備を中断してでも、見るべきものになっている。

日が沈んでから、だんだん空が赤くなる。そして、だんだん色あせて、下の方だけ茜色が残る。その変化していく様子を、ずっと見ているのが好きだ。
先日、お弟子さんが、「夕焼けの上の群青色がいいですよね」と言っていた。確かに、その部分もいいが、群青色と茜色のあいだの、薄いすみれ色の部分が好きだ。
毎日見ても飽きない。かなりの夕焼けフリークなのだ。
この秋は、あと何回、きれいな夕焼けに会えるだろうか。

2015-10-27 | Posted in ブログ, 自然No Comments » 

 

土の微生物


ノーベル賞をもらった大村智先生は、伊東のゴルフ場の土の微生物から、新しい薬を作ったという。「土」、と一言で言っても、色々な土があるとは思っていたが、そこにしかない微生物があるとは驚きだった。
たしかに土という物質があるのではなく、いろんなものの集まったのが、土なんだろう。
そこにしかいない微生物というのもいるのだ。なるほど。
東京から新潟に帰って、最寄りのJRの無人駅に降り立つと、ただよう匂いに、「ああ帰ってきた!」といつも思う。それは、土の匂い、草の匂い、なんだかそんな感じだが、なぜ、この駅に降りるとそう思うのかなと思っていた。
それはもしかしたら、私の集落の微生物なんじゃないか?などと妄想してしまう。
だって、同じような田んぼと里山という環境は、新潟ではいたるところにあるのに、この駅に降りると、ああ、この空気と思ってしまうのだから。
味噌も、自分の家が一番美味しいというのは、家についている菌がそれぞれ違うからと言っていた。私はいまだに、子供の頃に食べたウチのお味噌が一番美味しかったと思っている。味噌樽はとっくに捨ててしまったので、あの味はたぶんもう再現できないのかもしれない。残念だ。
自分の家の畑の野菜は、よく洗って食べるが、少し位の土は食べているかもしれない。もしうちの畑にしかいない微生物がいるとすれば、それはうちの畑特有の食べ物ということになる。同じ釜の飯ならぬ、同じ土の野菜で、同じ微生物を食べ、親近感がわくこともあるかもしれない。家族の団結力が増えるかもしれない。
鮭が、間違いなく自分の生まれた川に帰るのも、川特有の何かがあるのだろう。
なんだかすごい気がしてきた。
身土不二とはそういうことかいな。

2015-10-25 | Posted in つれづれ, ブログNo Comments » 

 

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