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夕顔がやってきた
以前ブログで夕顔の事を書いた。
どんなものなんだろう、見たことないし、美味しいのかな?
そんな話をお稽古の時に、夕顔の話を教えてくれたIさんとしていた。
そうしたら、今月のお稽古の時に、夕顔を持ってきてくれたのだ。
家に帰って見てみて、びっくり!大きい~。両手でやっとかかえる位だ。

きれいな薄緑色。
どんな味なんだろう~。料理好きの弟が、卵あんかけを作ってくれた。
う~~ん、まずきれい。透き通った実に、溶き卵のあんがかかっていて、やさしそうな姿だ。味は?まず一口。歯ごたえを残しながら、とろっとした感じで、食べごたえもある。なんともおいしい。
それから、お汁の実、がんもどきとの煮物、そぼろあんかけ等、いろいろ作った。あんなに大きいから食べ切れるかと思ったのに、あっという間にあと少し。
なんだか病みつきになりそう。
蒸して、わさび醤油で刺身風に食べるのもおいしいとか。
もしかしたら、蒸してから、黒蜜とかかけてデザートになるのではと思っている。
母は、「これ本当に大きいね。そういえば、子供のころ、野菜か何かの半分に切った殻のようなものに、炭を入れて、運んだりするのに使っていた。なんだったんだろう、これかな?」などと言っていた。そうなのかもしれない。食べる以外にも、何かと役に立つ野菜だ。そういえば、ひょうたんなんかも使っていたなあ。なつかしい。あれにお酒をいれて飲んだら、おいしそうだ。手で毎日なでるといい色になるとか言ってたっけ。
来年、夕顔を植えたら、「茄子と南瓜」の唄そのものの世界になっちゃう、と思って、母に提案してみたが、「こんなに大きいのが、ごろごろできたら、大変~~」と今ひとつ乗り気でない。残念。
でも、来年もぜひ食べたい!来年は、絶対クジラ汁を作ろう。夏の味覚がまた一つ増えた。
母校の文化祭に出演
9月19日(土)、我が母校、新潟県立新津高校の文化祭「秋陵祭」に出演した。お弟子さんで、新津高校卒業生のたま吉さんも一緒に出演。

まずは体育館のステージで15分の演奏。たま吉さんにはお箏、鉦で合奏してもらう。私は高校時代にロックバンドを下級生の男子とやっており、このステージに上がるのは、うん十年ぶりだ。なつかしい。あの頃、まさか着物に三味線で、もう一回このステージにあがることがあるとは、思ってもみなかった。面白いものだ。
午後からは、会場を和室に移し、邦楽鑑賞、邦楽器体験を行う。

演奏は、三味線とお箏で端唄を。邦楽器は、三味線、締太鼓、小鼓、篠笛、鉦等、体験してもらった。学校関係者、来場者、在校生が訪れてくれ、「聞いてみたい」「邦楽器を見てみたい」「触ってみたい」など、大人から小さいお子さんまで、それぞれの興味にそって楽しんでいただいた。
同じ会場では、茶道部がお茶席を設けており、私の担任の先生が指導をしていた。そちらにもお邪魔し、おいしいお茶をいただいた。高校生の皆さんの立ち居振る舞いが、とても美しく、いたく感心した。
時間がなくて、他の展示は見られなかったが、久しぶりに高校生に戻った気分だった。
高校時代、生徒会、ロックバンド、クラスの企画の掛け持ちで、文化祭はてんてこ舞いだった。3年の時のクラスの出し物は、演劇と歌謡ショー。演劇は「源氏桃太郎」というタイトルで私の脚本。光源氏と藤壺の間に生まれた不義の子を、桃に入れて川に流したのが桃太郎だったというストーリーで、ピンクレディの踊り付きの唄などいれて、ちょっとミュージカル仕立て。今思えば、黄表紙チックでもある。歌謡ショーでは、私は石川さゆりの物まねをやった。
体育館は、クラブの発表よりも、個人的な発表が多く、落語、フォーク、ロック、にわか作りの劇団など、なんでもありで、やりたい人が大勢いて盛り沢山だった。それを生徒会でしきっていた。
今思えば高校生活は自由だったなあ。先生と生徒も近かったし、男女の差別も感じたことは無かった。大学はもっと自由かと思ったら、結構型にはまった人も多く、年功序列的な発想が強い人や、「女なんて」という男尊女卑的な発言をする男性も結構いたし、大企業志向で就職活動にしのぎを削ったりと、社会人一歩手前の、現実社会の縮図みたいなところが結構あった。新津でのんびり育った私は、東京に出て、そのような中に入り、びっくりした記憶がある。
今回、文化祭で会った後輩達は、生意気ざかりだった私の高校生時代とは違い、皆きちんとしているなあという印象。(とはいえ、ほんの少数の生徒しか会っていないので、本当のところはわからないが)短い時間だったが、とっても楽しかった。
ずっと手伝ってくれたS井さん、三味線を弾いてみたいと来てくれたS野さん、どうもありがとう!機会があったら、また会いたいね。三味線に興味があれば、ぜひ連絡してくださいね。
立憲主義について
ニラの花にヒョウモンチョウが沢山訪れている。

立憲主義について、私は、人間をどういうものと理解するのか、ということが根本にあると思う。人間は、慈悲深く、暖かいものでありながら、欲深く、冷たいものである。性善説であり性悪説である。
特に、権力を持つと、人間は欲深く、冷たいものになり、暴走をしやすいものである。
それは、今までの歴史を見れば、封建主義、中央集権、帝国主義、軍国主義等、歴史に現れた様々な姿の国家が表している。
人間は一人では生きていけないため、集団で生きて行く。それが、社会となり、国家となる。その中で、格差が生まれ、権力が生まれる。もちろん、国家のようなものを作らない社会もある。しかし、現代は、ほとんどの人間が国家に属しているのである。そして、そこには、権力構造がある。そのために、今まで犯してきた様々な問題は、歴史の中に散りばめられている。
その経験からの反省で、「よりよい社会を作らなければ」という思いは当然湧いてくる。
「社会を構成する人間は、人が一生懸命生きようとしていることを不当に邪魔してはいけない。人のものを盗んだり、殺したりしてはいけないんだ」というようなことを、決めておこうと思った。それが法律、憲法だと思う。なぜそのような当たり前のことを、わざわざ決めておくのかというと、権力者というものは、当たり前のことを、自分の欲のために、別の問題にすりかえて、当たり前の要求をしりぞけてしまうことができるからだ。
だから、憲法というものが、政治の上にある。それが立憲主義だと思う。とても優れた為政者がいれば、憲法などはいらずその人のワンマンで政治はなんの問題もない。しかし、権力をにぎると人は変わりやすい。それに、その人の次の人が優れているとは限らない。政党政治、議会制民主主義、立憲主義という姿が、ベストではないけれども、現時点では、ベターな姿なのではないかと思う。
人間はすばらしい存在だ、しかし、人間は愚かでもある。そういう理解から、立憲主義を考えている。
だから、今回のことは、問題なのだと思う。
人間というものを考えると、そう思うのだ。
もちろん私は人間が好きだ。だからこそ、人というものは、どういうものかということを忘れないでいたい。
朝川会 東京教室 第五回お浚い会 10/17
東京教室のお浚い会です。初出演の新人も交え、日頃のお稽古の成果を発表します。
唄、三味線以外に、締太鼓、小鼓、笛等も加え、にぎやかに演奏します。
会場は、国の登録有形文化財である「代々木能舞台」。初台にある屋敷内能舞台で、屋内の敷舞台は昭和8年、中庭の本舞台は昭和25年の建築です。今回の研鑽会は敷舞台で演奏いたします。
ちょっと三味線を聴いてみたい方、邦楽にご興味のある方、能舞台を見てみたい方、秋の一日、お気軽にお越しください。
皆様のご来場を心よりお待ちしております。
・日 時 平成27年10月17日(土) 開場 14時 開演 14時半
・場 所 代々木能舞台
渋谷区代々木4-36-14
http://www.yoyoginoubutai.com/
・入場料 無料
・主 催 朝川会
・お問い合わせ お問い合わせフォームよりご連絡ください。


新津高校 秋陵祭に出演 9/19
私の母校、新潟県立新津高校の文化祭「秋陵祭」に出演することになりました。
今年の5月に新津高校同窓会東京支部総会で、麸沢校長先生とお会いしたのが、きっかけとなり、在校生に邦楽に触れてもらう機会になればと、出演することになりました。
お近くの皆様、同窓生の皆様、お時間ございましたら、ぜひお越しください。
端唄演奏の鑑賞、三味線、締太鼓、鉦などの邦楽器体験等を予定しております。
朝川会新潟教室のメンバーで新津高校卒業生の朝川たま吉も出演します。
新津高校 秋陵祭
9月19日(土)
11時から11時15分 第一体育館で演奏
12時から14時 秋陵会館で邦楽鑑賞、邦楽体験等
秋陵祭へは、かつてロックバンドのドラマーで出演して以来!
後輩の展示や企画も、楽しみです。
お彌彦様だよ~
今年は越後一宮の彌彦神社の御遷座百年にあたり、記念事業奉祝行事が数々行われている。その行事の一つに「宇宙に輝く100のきらめき公演」というイベントがあり、「これに出たいんです」と、お弟子さんのSさんが、お稽古の時に相談に来た。
「面白そうじゃない。どんどん応募しなさい!」と後押し。「でも、受かったら、誰か一緒に出てくれるでしょうか?」と不安げなSさん。「そんなことは、受かってから考えればいいのよ。大丈夫。なんとかなるから」とどんとひと押し。
そして見事出演が決まり、朝川会でユニットを組んで活動しはじめた二人に声をかける。二つ返事でOKになり、更に、朝川会で笛を教えてくれているHさんまで、出演してくれるとのこと。私を入れて5人のチームになった。
「御遷座百年を新潟県民みんなでお祝いしましょう」との趣旨にあわせ、皆で、お祝いのための替え唄を作って、お稽古した。着物はどんなのにする?などと、お祝いモードで準備万端。
当日は近くの公民館でお稽古をしてから、会場へ。

会場のヤホールは、ステージの後ろが開閉できるガラス窓。森の緑が美しい。インド舞踊、合唱、ボサノバなど、内容はかなりバラエティに富んでいる。私たちは最後から二番目だ。
司会の紹介が終わると演奏スタート。能管と締太鼓の「片しゃぎり」で始まり、一曲目は「並木駒形」。「お彌彦様だよ~」「アイアーイ」、「御遷座百年だよ~」「おめでとうございま~す」と、唄の中ににぎやかな掛け声を入れる。まずはお祝いムードを盛り上げ、次は「梅は咲いたか」。「信濃川から 小舟を急がせ・・・船から上がって大鳥居 お彌彦様へご案内」、彌彦バージョンの唄は続く。最後は、お賑やかに「奴さん」で演奏終了。


終演後は社務所で、スタッフや神職の皆さん、出演者で懇親会。なかなか盛り上がりました。
弥彦山は、越後平野からはどこからでも見える、越後人の心のお山。学校の遠足でも定番だ。そして、今回は私の最長ドライブ記録でもあった。ナビの無い車なので、何度も何度も地図を頭に入れて出かけたのだ。ちょいと迷ったけど、無事に行って来られて、良かった~~。
屋根からアンパン雨あられ
知り合いのお宅で、「団子まき」をやると聞いた。一般的に言えば、建前だ。
家を新築しているのは聞いていたが、団子まきをやるなんて、とてもなつかしい。
私の家のあたりでは、建前に餅やお菓子をまくのを、「団子まき」という。子供の頃は、とても楽しみだった。近所に家が建ち始めると、「そろそろ団子まきか?」と、子供同士の話題になっていたものだ。
「なつかしい!ぜひ行きたい、見たい!」と、弟と二人で、前日にはお菓子を差し入れし、当日は、わくわくして向かった。
小さな集落に車で入ると、いるいる、近所の人がたくさん、新築の家の周りに集まっている。私たちも合流だ。屋根の上には、すでに準備が整っている。赤い塗の桶がいくつも上がっている。「ウチも建前の時に、あんな桶を屋根にあげたよね」。弟と子供時代の思い出話も出る。なつかしいなあ。

「最初は、五円玉をまくんだよ。当主の年の数だけまくんだよ。」と聞いた。
ダンボール箱が屋根の上で開けられた。そろそろ始まりだ。皆が一斉に家のそばへ近づき始める。
バラバラ、まず五円玉だ。それが終わると、菓子パンがどんどん屋根から降ってくる。なぜかアンパンが多い。

「うわ~」、なんだか嬉しくなってしまう。あわてて拾う。次は、お菓子だ。袋入りのスナック菓子がどんどん降ってくる。「キャアキャア」まわりは大騒ぎだ。子供たちも楽しそう。
おお、今度はお餅だ。お餅好きの私、張り切って3個拾う。紅白のお餅だ。
またまた菓子パン。

結構沢山まいて、拾って、お開き。楽しかった~。
「すみ餅を拾った人~、すみ餅と交換しますよ」と、関係者が声をかけている。昔は大きなすみ餅を、家の四方にまいたのだが、今は、「ス」と書いてあるお餅を代わりにまき、後で取り替える。気がつかなかった人が多かったのか、一人しか名乗ってこない。
そういえば昔は、大きなお餅を持って屋根の角にやってくると、「お、すみ餅だ」と場内は気合が入り、大騒ぎをして皆で掴んでいたのを覚えている。
「鯉をはなすよ」と、新築のお宅の人が、軽トラに鯉の入ったバケツを積んで車に乗って行った。このあたりでは、建前の時に、鯉を川に放すのだそうだ。上流に泳いでいけば縁起がいいそうだ。なるほど。
家に帰って、戦利品を弟と出し合う。アンパン、うぐいすパン、白アンパン、ジャムパン、クリームパン、クリアンパン。10数個。こんなに沢山の菓子パンは久しぶりだ。母はとっても喜んでいる。それに、カッパエビセンとか、うまか棒とかの袋菓子が10袋位。お餅が三個。
お盆に持って、お仏壇にそなえる。なんだか、楽しい。
家の新築のお目出度さのおすそわけをもらったみたいだ。
こういう行事って、やっぱりいいよね。いつかは家を建てたいなあ。というか団子まきをやりたいなあ。でも男じゃないと屋根には上がれないらしい。残念!
茶化す
江戸のものは、何かと茶化しているものが多い気がする。歌舞伎だって、落語だって、茶化しているものが多い。江戸時代の枕絵だって、そうだ。今、あのような写真なぞを見るには、人目をはばかってしまうが、江戸時代は、皆で笑いながら見ていたらしい。もちろん女性も見る。江戸の大人向け滑稽本「黄表紙」が私は好きなのだが、これだってそうだ。男女間のこともあけすけなら、人魚を舐めると寿命が伸びるだのと、破天荒な話が多い。これが実に面白い。自分のライブでも、何度か語ったことがある。日本には、こんなに面白いものがあるのを知らないなんて、もったいない~。と思って、皆に知って笑ってほしかったのだ。
とかく、何かを考えたり、やろうとしたりすると、だんだんに思考行動の範囲が狭くなり、固まってしまうことはままある。真面目にやればやるほどだ。それを逆手に取って、権力側からうまいこと不利益な方に誘導されてしまうこともある。そちらの方が、なんだか正論に思え、異論を挟むのはよくないのかなあと思わされてしまうのだ。
そんな時に、「えいっ」と茶化すのだ。笑った後に我に帰る。あれれ、なんで、この方向でいいなんて思ったんだろうと、正気に帰る。茶化すということは、知らず知らず絶対化してしまったことを、相対化してしまう力だ。時の幕府の政治を茶化した本が元で、黄表紙作家の山東京伝は、お縄になったことがある。茶化すといっても、結構人生かけているのだ。作者だけではない、その本を出版した人達もそうだ。
江戸の茶化す文化は、なにやら大きな力のような気がする。大樹に寄るのではなく、自分の足で立つぞといっているような庶民のエネルギーか。
善玉、悪玉ってよく聞くけど、あれは山東京伝が作ったキャラクターだ。悪い心をおこしてはいかんというお話の脇役だった悪玉が、当時、人気者になり、歌舞伎の踊りにもなった。その悪玉踊りの振り付けの図解書「踊ひとり稽古」という本もヒットしたという。
一度、皆で踊ってみたら面白いんじゃないだろうか。
踊りの姿は、こんなだ。

第二回 朝川会東京教室 屋形船

連日の雨が、この日だけ晴れた。メンバーの日頃の行いがいいのか、良かった。
昨年皆さんに好評だった屋形船を今年も開催。柳橋の船宿から17時半に出航。
今回も、三味線、締太鼓、小鼓、笛など楽器を積み込んでの舟遊びだ。
乾杯、談笑もそこそこに演奏スタート。
柳橋からのスタートだからと、トップバッターはIさん。「梅は咲いたか」の替え唄、「柳橋から~」を弾き唄いで、演奏の幕開きだ。

演奏が終わった人は次の人を指名する。太鼓や小鼓、笛を合わせられる人は、どんどん一緒に出てきて合奏する。
外はいい感じの夕暮れだ。提灯の明かりがきれい。
「春雨」「からかさ」「ぎっちょんちょん」、お馴染みの端唄が続く。
入って間もない新弟子さん二人も、突然の指名で演奏だ。初舞台は屋形船。これで秋のお浚い会は大丈夫!


お台場着からは、お弟子さん達による踊りや落語、ゲストのギターやウクレレ演奏など盛り沢山。

そして更に、「深川」「びんのほつれ」「奴さん」「なすとかぼちゃ」等、お馴染みの端唄演奏は続く。
お座敷遊びあり、ゲストの太鼓体験あり、即興の踊りあり、帰路も大盛り上りに盛り上がった。

船宿に近づく頃は、私の弾き唄いで「並木駒形」。唄える人は皆で合唱。「お酒だよ」「アイアーイ!!」。
最後は、全員でかっぽれの総踊り。大いに飲んで、大いに笑って、あっという間の2時間半でした。

三味線の音色が漂い、締太鼓、小鼓、笛で囃す屋形船。江戸情緒満喫の舟遊びは朝川会ならでは
。初秋の屋形船。恒例になりそうです(^^)
眉根を寄せて

部屋で稽古をしていた時だ。
「あらあ、そんなに眉根を寄せて」と母に言われた。
「ええ?うそお」
自分ではそんな顔をしているつもりは、まったくないのだが、母がそういうのだからそうなのだろう。「いやだなあ」。洗面所へ行って鏡を見る。
さっきは、新しい曲を覚えようとして、何度も唄っていたところだ。
「こんな感じだったかな」
鏡を見るとたしかに眉根を寄せている。
いかんいかん、こんな人相の悪い顔では、楽しそうではないではないか。
気をつけなくっちゃ。
意識して、眉根に力を入れないようにすると、すなわち、顔の力が抜けてくる。
ほっとすると同時に、なんでさっきはあんなに、思いつめたようにギュッとなっていたのかと思う。ものの見え方、感じ方も変わってくる。心がほんわり楽しくなってくる。
そういえば、ネパールの寺院だったかに、額の真ん中にもう一つ目が書いてある絵があった。「心眼」というのだったかな。眉根をよせる力を抜くと、なんだか新しい目が開いたような気がするのは、この3つ目の目が開くのかなと思った。眉根を寄せると心眼が閉じ、見えていたものが見えなくなるのかもしれない。
楽しいもの、ほっとするものが見えなくなり、なにやらギュッとした感じだけになってしまう。
「心眼」を閉じさせるには、眉根を寄せさせれば良い、となれば、それはそんなに難しいことではないだろう。
不愉快にさせる、不安にさせる、そのような思いをさせれば、人は眉根を寄せてしまう。そして、その人の心眼は閉じてしまうのだ。しかも無意識に眉根を寄せるものだから、本人は、心眼を閉じてしまったなどという自覚はないのだ。
これは、歴史を振り返れば、権力側が一般人に向かってやってきたことなのではないだろうか。嫌な気持ちにさせ、脅して不安にすれば、心の目は閉じてしまうのだ。
幕末に江戸を訪れた外国人は、皆一様に、日本の人々は、みんな上機嫌だったと書いている。上機嫌でいることは、心眼を閉じないための、自衛策かもしれない。
にこにこしながら、「集団的自衛権は必要ですよね」、とか、「場合によっては戦争に行くのもしかたありませんね」などと言う訳はないだろう。
上機嫌、それは庶民の知恵だ。脅され、不安に陥れようという権力側の力に対しては、眉根をよせずに心眼を開いて、よくよく見なければいけない。そのためにも上機嫌だ。
母に指摘され、顔の緊張に気づいて反省し、またお稽古に戻った。
あれれ、心なしか、声がさっきより楽に出るぞ。心眼が開いて、喉も開いたかな。





