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病気にならない病院

東京教室研鑽会は、無事に終了。レポートは近日中にアップ予定。
研鑽会の翌日に東京は梅雨入り、新潟はまだまだ。庭にはあざみが咲いている。

先日同窓会紙を読んでいたら、「病気にならない病院」、未病の病院を作るのが夢だったと書いている方がいた。その方は、いろんな医師に声をかけたが、一緒にやろうという人はいなかったと言う。
未病の病院を作るということに賛同する医師がいないというのは、色々な理由があるのだと思うが、病気にならないようにすることは、医者の仕事ではないということなのだろうか。確かに、医者の仕事は、病気を治すことだと、なんとなく思っている。
病気にならない、という仕事は、医者の仕事ではないのかもしれない。
ふと、病気にならない生活指南というものが、江戸時代にあったのを思い出した。貝原益軒の「養生訓」である。「養生訓」には、身体と精神を養生することで、病気にならないようにということが書いてある。貝原益軒は、儒学者だ。
病気を治すには、医者や薬が必要かもしれないが、病気にならないということには、必ずしも医者や薬が必要なのではなく、自分の行いで、できることなのかもしれない。
そうすれば、たしかに病気にならない病院を作ろうという医者がなかなか見つからなかったのも、頷ける。
病気にならない道を進むための運転手は自分、そして車は自分の身体。
「養生訓」は、そのためのナビなのかもしれない。

2016-06-09 | Posted in つれづれ, ブログComments Closed 

 

工場育ちの野菜

キウイの花が、花ざかり。もう小さな実もできている。

工場でできた野菜というのを初めて食べた。それは、一掴みほどのレタスが、袋に入っているものだった。しゃきしゃきとしたさらっとした味の野菜だった。
謳い文句には、クリーンルームで育っているので、ついている細菌が少なく洗わずにそのまま食べられるというものと、低カリウムということが書いてあった。
工場内の棚に整然と並べられ、人工光の元で育つらしい。
野菜は普通、畑で育つ。土に種が蒔かれ、雨と太陽の光で、芽を出して成長する。葉っぱを食べる虫もいれば、受粉を手伝ってくれる虫もいる。土の中や表面に無数にいる微生物と共生しながら、生きている。
生まれて、生きて行くということは、様々な生き物の中で、生きていくということのような気がする。
工場の野菜はどうだろう。土と触れることもなく、虫とも出会わず、太陽を見たこともない一生。目にする生き物は、隣の同士の同じレタスと、人間だけ。
なんだか、ちょっと淋しい。
太陽を見たかったかな。虫とお話したかったかな。
それとも、見たこともないんだから、そんなことも考えなかったんだろうか。
わたしたちの毎日は、どうだろう。

2016-06-02 | Posted in ブログ, 自然Comments Closed 

 

名前

庭の山椒に実が沢山実っていた。一粒かんでみたら、舌が猛烈にビリビリした。しばらくとれなかった程の威力だ。やはり山椒は小粒でもひりりと辛い。

日本史の本を読んでいたら、本拠を京都に移した平安京の頃、「諸地域の下級役人が氏名を中国風に改め、高位の貴族を含めて、実名もそれまでの動物や自然の名を用いるのをやめ、通り字をふくむ好字や抽象的な漢字をつけるようになった」、とあった。
では、それまでの自然や動物の名前ってなんだろうと考えてみた。
周りの人の名前を思い浮かべてみる。
田中、木村、山田、吉田、立川、佐藤、近藤、土田、、、。
新潟だからなのか、田が多い。山、川、木、確かに自然のものを付けた名前ばかりだ。
櫻井、梅津、近藤、松田、菊田、小栗、草野、植物も多いなあ。
動物はどうだろう。小熊、大熊、熊田。熊って多い。馬場、鶴巻、亀山、、、、植物に比べると動物は少ないかなあ。
自然や動物を人名や地名に付けるって、当たり前すぎてなんの違和感もないけど、そうじゃない名前をつけたってことは、どういう名前になるのだろう。
藤原仲麻呂が唐風につけた名前、恵美押勝じゃないけど、たとえば、恵みあれ、とか、私は強いとか、勝つとか、高潔だとかだろうか。なんだかすごく自己主張の強い、願望がてんこ盛りの感じがする。
自然の名前ってなんだろう。
山川だったら、きっと、山と川のそばに住んでいますって意味じゃないだろうか。
池田だったら、池と田んぼの所に住んでいますとか。川瀬だったら、川のそばに住んでいますとか。そうなると、名前には、主張や願望が感じられない。
唐風の名前は、概念や権力、希望、意志が感じられる。
日本風の名前は、私は山と川のそばに住む者です。という位のものだ。
これは、名前でありながら、個としてのアイデンティティを強調しない、とても匿名性の強いもののような気がする。
名前、というと、固有性が強いもののような気がするが、自然や動物をつけている日本人は、あえて、アイデンティティを捨てている。
そういえば、端唄の文句には、主語がない。特定の場所、時の特定の人の、特定の物語ではない。
突然始まって、ぱっと咲いた花のようで、そのまま終わる。
アイデンティティのない、そんなものを追求していない、匿名性の高い唄なのかもしれない。
それを、心地よしとする江戸の人の心があったんだと思う。
それは、とてもこざっぱりしたもののような気がする。
江戸の人は、「こざっぱり」したものが好きだったのだ。

2016-05-29 | Posted in ブログ, 邦楽文化Comments Closed 

 

「積む」と「流れる」 続き

雨が降ると、庭の緑は美しさを増す。雨がごちそうなんだ。

日本人は人生を、「流れる」と感じる。西洋人は、「積む」と感じる。
「流れる」というのは、「流される」とは違う感じがする。流れと同時進行でいるのだと思う。
自分はすでに、ある流れに乗っている。そこから逃れようとか、別の流れに乗り換えようということではないような気がする。
自覚して流れているかどうかは別だが、気がつけば、流れに乗っているという感じだろうか。
ふと、「ハックルベリー・フィンの冒険」を思い出した。途中の冒険もさることながら、日本では考えられない程幅の広い大きな長い川を、筏に乗ってただただ毎日流れている。あの感覚が、なんだか身体感覚として残っているのだ。怖いような、楽しいような。不思議な感覚だった。夜明けの光景、昼の光、夜の星、ぽかんと大きな空間が自分の上にひろがっていて、その下を自分は流れていく。
ちょっと湿ったような、なつかしい感覚を思い出した。
「積む」というのは、どんなだろう。
うまく積まないと、壊れてしまうし、それ以上積めなくなってしまうかもしれない。だから、設計図もいるだろうし、積む前に、整地したり、頭の中でシミュレーションしなければいけないかもしれない。
でも、「流れ」は違う。気がつけば流れているのだから。
今日も流れている、さて。

行く水に 雨はそぼ降る 河岸の灯よ

「柳の雨」を口ずさんでみる。季節はもうすぐ梅雨。

2016-05-22 | Posted in つれづれ, ブログComments Closed 

 

月がきれいですね


先日、朝の連ドラを見ていたら、大学生の男性が、主人公に向かって、「月がきれいですね」というシーンがあった。これを見ていた主人公の妹が、「きっとあの方はお姉さんが好きなんだわ」と言う。その根拠は、「だって、夏目漱石が言ったのよ。「アイ ラブ ユー」を「我汝を愛す」と訳した学生に、「日本人はそんな言い方をしない。月がきれいですねとでも言っておきなさい」って」と続くセリフにある。
たしかにそうかもなあと思う。端唄の文句にも、「我汝を愛す」なんていうのは、まず無い。
今日は雨。こんな端唄を口ずさみたくなる。

からかさの 骨はばらばら 紙ゃ破れても
離れ 離れまいぞえ 千鳥がけ

これはもちろん傘の唄ではない。私とあなたは、決して離れないわ、という恋の唄である。
「我汝を愛す」と言われるより、ずっといい気がする。
「我汝を愛す」だけじゃ、その言葉に乗せきれない思いの方が、ずっと沢山あるような気がする。言葉にしてしまった瞬間に、「そうじゃないんだ。それだけじゃないんだ」という思いになってしまう。
だから、「愛す」ではなく、「からかさ」なのだ。
この最後の文句を、「命がけ」と覚えていた人がいた。気持ちはそうでも、やっぱり「千鳥がけ」の方が、ずっといい感じである。

2016-05-17 | Posted in ブログ, 邦楽文化Comments Closed 

 

「たまちゃんず」デイサービスで演奏


朝川会のボランティア演奏の元祖「たまちゃんず」。昨年、ユニットを結成し、デイサービス等へボランティア演奏活動をしています。
4月24日は、新潟市秋葉区のデイサービス「かんばらの里」で演奏。
唄に三味線、お箏に楽しいおしゃべり。「梅は咲いたか」などお馴染みの端唄に、「さくら」など一緒に口ずさめる曲などもおりまぜ、皆様に楽しい時間を過ごしていただけました。こちらの施設には昨年から何度か訪れており、次回もまた!との声もいただいています。
朝川会のボランティア活動、ますます充実です。

2016-05-16 | Posted in ブログ, 朝川会Comments Closed 

 

田植えの手伝い

毎年連休は、友人の家の田植えを手伝いに行っている。かれこれ6年目。いつもお弟子さんたちと一緒だ。今年も、東京から5人が参加した。ベテランあり、初参加あり、久しぶりの人ありと、皆で2日間、田植えのお手伝いをした。
新緑の里山に囲まれ、5月の日差しと風を受けながら身体を動かして働くことは、無条件に楽しい。皆、働きながら満面の笑みだ。
昼食も山菜、筍、おいしいお米と、里の恵みが満載。そして仕事の仕上げは温泉、ビール。
身も心も、美味しい楽しい田植えだった。
苗を植えた後は、水と太陽の光と土とで、苗は大きくなっていく。秋の収穫までは、肥料、水の管理、草取りなど、美味しいお米になるための数多くの作業が続く。
そうして秋に、やっと私たちの食卓に、おいしい新米として上がるのだ。
私たちの食べるものは、本当は、買うものではなく、自然からいただくものなんだ。
食べるものと私たちの間にあるものは、「お金」ではなく、「人の手」、「手間」だ。
大地、自然に手をかけて、そこから収穫したものをいただく。食べることを、いただくというのは、そういうことなんだなあと思った。
お手伝いを終えて、地元の温泉の露天風呂へ行った。山は新緑。色とりどりの緑をまとっている。むくむくと湧いてくるような緑の木々だ。なんだかお腹がすいてきた。
夜は、山菜と地酒で、打ち上げだ!

2016-05-05 | Posted in ブログ, 自然Comments Closed 

 

「積む」と「流れる」

先日、夕暮れがとてもきれいだった。透明感のある空気は、心まで透き通るようだった。

先日、本を読んでいたら、「日本人が人生というものを考えるときにどちらかというと時間的に考える。ヨーロッパ人はどちらかというと、空間的な思考をするかもしれません」とあった。そして、「日本人は時間的に考えて、人生を旅するというところがある」と書いてあった。語っているのは、武満徹である。
これを読んでびっくりした。私は、人生は時間的にしか考えたことがなかった。「月日は百代の過客にして」ではないが、月日は一本の川のように流れていくイメージしか持ったことがなかった。
「人生が空間的とは、どういうことか」。しばし、考えた。
たぶんそれは、人生が大きな部屋のようなもので、生きて行くということは、毎日少しづつその中に何かを積んでいくようなものなのだろうと思い当たった。
なるほど。流れていくイメージとは随分違う。
それで、いくつかのことが納得できた。
油絵はなんで全部を埋め尽くすのか。西洋音楽はなぜ何重にも音で埋め尽くすのか。庭で水を扱う時は、なぜ噴水なのか。生きていくということが、大きな空間を、下から上へ積み上げて埋めていくことなのだからではないのか。
人生を時間的に捉えれば、「流れ」なので、何かを積むことは無い。何かがつながるときは、並べることになる。
端唄にも「○○づくし」といって、いろんなものを並べて唄うものがあるが、それもそうかもしれない。端唄の歌詞も、事の起こりから掘り起こして唄っているようなものはなく、流れの中のある一時を切りとって、流れのままに唄っているようなものが多い。
「積んで」いくことは、自分の周りがだんだん埋まっていくこと。「流れる」ことは、自分のまわりは、いつまでもぽっかり空いている。
ぽっかりした中を、さらさらと次から次へと流れていく。
そんな気分を、私は端唄に感じるのである。

2016-04-24 | Posted in ブログ, 邦楽Comments Closed 

 

第三回 東京教室研鑽会 6/4


東京教室有志による研鑽会。
唄、三味線以外に、締太鼓、小鼓、笛等、今回も色々と挑戦いたします。
会場は、国の登録有形文化財である「代々木能舞台」。初台にある屋敷内能舞台で、屋内の敷舞台は昭和8年、中庭の本舞台は昭和25年の建築です。今回の研鑽会は敷舞台で演奏いたします。
ちょっと三味線を聴いてみたい方、邦楽にご興味のある方、能舞台を見てみたい方、初夏の一日、お気軽にお越しください。
皆様のご来場を心よりお待ちしております。

・日 時 平成28年6月4日(土) 開場 14時 開演 14時半
・場 所 代々木能舞台
渋谷区代々木4-36-14
http://www.yoyoginoubutai.com/
・入場料 無料
・主 催 朝川会
・お問い合わせ お問い合わせフォームよりご連絡ください。

2016-04-19 | Posted in ブログ, 朝川会Comments Closed 

 

特養施設「穂波の里」で演奏しました

4/9(日)、朝川会新潟教室有志で、新潟市西区の特別養護老人ホーム「穂波の里」にボランティア演奏に行きました。
当日は、桜もちょうど満開で、暖かな気持ちのよい日。「梅は咲いたか」「さのさ」などお馴染みの端唄を、三味線に太鼓でにぎやかに演奏。皆さんには、一緒に口ずさんでいただいたり、手拍子をいただいたりと、楽しい時間を過ごしました。
「ぜひ、また、来てください」「秋には、こちらの施設にも」と、施設の方にもお声をかけていただき、次の機会も近そうです。
朝川会のボランティア演奏の輪も、広がっています。

2016-04-17 | Posted in ブログ, 朝川会Comments Closed 

 

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