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東京教室 暑気払い
9月2日、東京教室の暑気払いを行いました。例年、屋形船で繰り出すのですが、今年は焼き肉屋さんで。初参加の新会員も加わり、たっぷりお肉と生マッコリ、ビールをいただいた後は、お稽古場で二次会。
各自、弾いたり唄ったり。その後は、お座敷遊びの「こんぴら船船」で大盛り上がり。最後は恒例の「いろはのいの字」も全員で。
東京教室のお浚い会まで、後一か月半。次は打ち上げでまた楽しいお酒を飲みましょう。
その前に、まず舞台です。
皆様、ぜひお越しくださいませ。



「新潟しあわせ大学 平成会」で講演しました
庭のタカサゴユリが咲き始めました。庭は蝉しぐれです。

8月24日、新潟市の万代市民会館で、講演しました。
お招きいただいたのは、毎月2回、研修やコミュニケーション活動をしている「しあわせ大学平成会」。昨年の12月にお招きいただき、今回は二回目の講演です。当日は、あいにく朝からどしゃぶりのお天気。その悪天候の中、80名程の会員の皆様にお越しいただきました。
講演のタイトルは、「江戸の音 三味線 端唄の魅力」。
自己紹介から始まり、三味線の歴史や三味線音楽を説明した後は、端唄は恋の唄が多いということで、江戸の恋のお話を。江戸の町は男性が少ないので、結婚するのは大変。江戸の女性は早熟で、恋も女性がリード。ご飯子育てマッサージの上手な男がモテる。バツイチバツニは当たり前。などなど、江戸の恋愛事情を話しながら、端唄の演奏を1時間半聞いていただきました。
会場の皆様からは、くすくす笑い声や、「へえーほおー」の相槌などがもれ、楽しんでいただけたのではと思います。最後は全員で「十日町小唄」を唄って終了しました。
ご来場した方々からは、「お話も面白くて、しゃれていますね」「もっと若かったら弟子入りしたいわ!」などとお声をかけていただきました。(弟子入りいつでも大歓迎です!)
「なかなかこういう音楽は聞けませんから」」との感想も。花街で栄えた新潟で、もっともっと三味線、端唄の魅力を知っていただけたらと思います。
これからも、ますます、端唄、三味線の楽しさを伝えていきたいと思っています。
講演のご要望等ございましたら、ぜひ、お声をおかけくださいませ。
第七回 東京教室勉強会 落語で江戸を学ぼう
8月19日(土)、東京教室の第七回勉強会を行いました。今回のテーマは、「落語で江戸を学ぼう」。
いつものお稽古場が、寄席に早変わり。
最初は、落語の始まりについて。落語も、三味線と同じく、江戸時代に生まれた文化の一つ。雑排や狂歌をやっていた人たちが始めた「咄」から、寄席ができるまでを一通り解説。
その後は、寄席の音曲を、実演を交えて解説。

そして、いよいよ落語。
朝川会の会員で「都家西北」の芸名で活躍するアマチュア落語家のWさんが、高座に上がります。もちろん出囃子も生。

一席目は「青菜」、休憩後は、「野ざらし」。夏の落語を2席たっぷり、熱演でした。

最後は追い出しの太鼓と共にお開き。たっぷり笑った楽しい勉強会でした。
来月は、深川散歩です。
取材を受けました
化粧品メーカー「株式会社ナノエッグ」さんの取材を受けました。
オンラインショップの「BEAUTY TALK 輝く女性」に掲載されています。
端唄、三味線にご興味を持ってくださる方が増えたらいいなと思っています。
NANOEGG ONLINE SHOP
http://www.nanoegg.jp/mariannaclub/club18.php
第七回 東京教室お浚い会 10/21

東京教室のお浚い会も、7回目。初舞台の方からベテランまで、日頃のお稽古の成果を発表します。
今回も、チラシの絵は小西洋也さん、題字は石川剛さん。お弟子さんの力で、すてきなチラシができました。
会場は、国の登録有形文化財である「代々木能舞台」。初台にある屋敷内能舞台で、屋内の敷舞台は昭和8年、中庭の本舞台は昭和25年の建築です。お浚い会は敷舞台で演奏いたします。
ちょっと三味線を聴いてみたい方、邦楽にご興味のある方、能舞台を見てみたい方、秋の一日、お気軽にお越しください。
皆様のご来場を心よりお待ちしております。
・日 時 平成29年10月21日(土) 開場 14時 開演 14時15分
・場 所 代々木能舞台
渋谷区代々木4-36-14
http://www.yoyoginoubutai.com/
・入場料 無料
・主 催 朝川会
・お問い合わせ お問い合わせフォームよりご連絡ください。

新潟教室、暑気払い
8月11日、新潟教室の暑気払いを行いました。
いつもの「魚倉」さんの、目にも美しく、美味しいお料理をいただきながら、美味しいお酒、楽しいおしゃべりの会でした。
入会されたばかりのMさんは、栃木から新潟に転勤してきたばかり。「新潟は食べ物がおいしい」と感激されていて、夏の味覚、冬のおすすめ料理など、新潟グルメにも、話がはずんでいました。
お稽古場が違うと、日ごろなかなか会うことがない皆さんも、新しい発見があったりと、楽しい時間をすごしました。
秋のお浚い会まで、あと三か月。最後は、お浚い会も、頑張ろう!と楽しくお開きになりました。
歌の練習
先日、高齢の女性が多い合唱グループの話を聞いた。ちょっと複雑なメロディになると、必ず何人かがつかえる。そのメロディが、どうもまだうまく歌えないようだ。
そうすると指導者は、その部分のメロディをピアノで弾き、歌詞ではなく「ドレミ」で、その部分だけ繰り返して歌わせて、理解させようとするそうだ。
それでもなかなかうまくいかないらしい。
うまく歌えない女性達は、練習後の昼食の折、「いやだわ。あんなにあそこだけドレミで繰り返したってわかんないわよ。私たち、何度も繰り返し歌っていれば、できるようになるのに」と不満を漏らしていたらしい。
この話を私に話してくれた人は、洋楽の素養がある人で、「やはりお年を召した方にはむずかしいのかしら」と言っていた。
どうだろう?日本の音楽は、言葉が先にある。言葉というのは、単音や部分ではなく、流れだ。だから、繰り返し何度も聞いたり歌ったりしているうちに、体に入るというのは、とても日本人的なのではないかしら。
先日、日本舞踊について書いているものを読んだ。
はじめから曲を使って踊るのが日本舞踊の特徴で、形ごとの練習はしないのが一般的。それに対して、バレエなどの洋舞では、バーレッスンなどで一つ一つの基礎の形の練習をし、それから曲に入るそうだ。なんだか似てるな。
日本舞踊が曲の流れの中で形を習い覚えるのは、日本舞踊の振りが歌詞と密接な関係があり、日常の動作を取り入れているからなのだそうだ。
端唄のお稽古は、もちろん曲から入る。曲以外から入るなんて、考えてみたこともなかった。
でも考えてみれば、ピアノのレッスンは、曲ではなく、基礎の指使いからだったような気がする。
「曲を覚える時は、結局、その曲を何度も繰り返すのが、一番早く覚えるわよ」と昔、姉弟子に言われた。色々やってみたが、やっぱり姉弟子の言う通りだった。
まだ?
先日、母と、日本人の所作、立ち居振る舞いの話になった。
日本人の伝統的な歩き方は、つま先重心で、西洋人の伝統的な歩き方は、かかと重心だから、日本人が洋服を着て歩くとこうなる、というような話をしていた。
すると母が、「まだ、日本人は正しい歩き方ができないんだね」というようなことを言った。
「まだ?正しい?」私が聞き返すと、母は、「いやいや、そういう意味じゃなくって」とはぐらかして話は終わった。
う~ん、「まだ」と「正しい」ね。
西洋式の所作が正しく、日本の伝統的な所作は、古くて正しくない。早く身につけなければいけないのに、まだできていない。
こういう意識が、もう無意識の内にしみ込んでいるんだなあ。言ってしまった母も、気づいて言葉を濁していた。
こんなことって、けっこうたくさんあるんだろうな。きっと私の中にも。
まだ。
たまちゃんず、プラス2でボランティア演奏に

7月8日(土)、新潟市秋葉区の特別養護老人ホーム「かんばらの里」に、たまちゃんずが、ボランティア演奏に伺いました。
今回は、いつものたまちゃんずプラス1にもう一人参加。プラス2の合計4名で演奏しました。この日は、夕涼み会ということで、浴衣姿で三味線と締太鼓で端唄を演奏。「四季の新津」など、地元の唄も織り交ぜ、一緒に唄っていただいたりと、楽しい時間を過ごさせていただきました。
たまちゃんず、すっかり地域では、おなじみに!参加するメンバーも増えています。
これからもボランティア活動を続けていきます。
象のこと2
隣の家のザクロが、今年も実ってきた。よく見ると、まだ蕾のものから、大きくなったものまで色々だ。わざとずらして実っているんだろうか?少女からお母さんまで、勢ぞろい。



象の音を拾った研究者が、田園で音を拾ってみたら、ものすごくたくさんの音で埋められていたという。なんと、ミミズが穴を掘る音も、録音されたという。
それで思い出した。今年の春、新潟に帰った時だ。家の玄関について庭を眺めた時、とてもたくさんの楽し気な音で、あたり一面が埋め尽くされているような気がした。あれは、ちょうど、桜が終わって、沢山の花が咲きだし、木々が芽吹きだし、草が一斉にはえる頃だった。
私は、とても不思議な、そして、満たされたような楽しさに包まれながら、これはなんだろうと思っていた。天気は晴れ、春先の優しい光が庭に降り注ぎ、楽しい音、もしかしたら唄も?、で満ち溢れていた庭。
あれは、本当に、たくさんの音で埋め尽くされていたんだな。
根が伸びる音、ミミズが土を掘る音、芽が出る音、花が開く音、、、、。
耳が聞こえるといわれている周波数以外の音も、もちろんあるし、音として聞こえなくても、感じることはできるのだと思う。それは、象がいるということを、全身で感じたことと同じかもしれない。コミュニケーションは、言葉だけではないし、音だけでもない。
海辺の崖の上の象と、岸辺に寄ってきたシロナガスクジラは、会話をするという。
海中でもっとも大きな動物である鯨と、陸上でもっとも大きな動物である象が、人間には聞こえない低周波でコミュニケーションをしている。人間が言葉だと思っている範囲以外で、色んな生き物がコミュニケーションしているとしたら、なんだか人間は、悲しい。
他の生き物とコミュニケーションすること。それはできないことなんだろうか。それとも忘れてしまったことなんだろうか。
象のことを思っていたら、はっとした。三味線と象は、切っても切り離せない。撥と駒は象牙でできている。自分の手の内に、象のものがあった。この象と会話ができるだろうか。三味線の音は、象と一緒に作っているのかもしれない。






