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「端唄を知ろう」 東京教室勉強会
2月19日日曜日、「端唄を知ろう」と題して、第一回東京教室勉強会を開催しました。
まずは三味線の歴史から。続いて三味線の楽器の解説へ。細棹、中棹の棹に触ったり、さわりの構造をみたり、駒の種類や材料の違いを確認。胴の内部は、コンサートホールの様に共鳴をよくする溝が彫ってある構造も、実際に見ていただきました。
続いて、三味線音楽の種類とそれぞれの特徴を解説。歌舞伎で聴くものや、寄席で聴くもの等々、端唄以外にも多くの三味線音楽があります。
最後は、それぞれの音楽を実際に聞いてみる鑑賞タイム。Wさん秘蔵のLPで、さわりだけですが、それぞれのジャンルの音楽を聞いていただきました。
「うわあ、歌舞伎だあ」「ずっと聞いていたいですね」など、あっという間に勉強会の時間は終了となりました。
「今度はレコード鑑賞会を」などの感想も。三味線音楽は、幅広く、とっても楽しい音楽。勉強会、今後も続けていく予定です。
明治の歌2
冷蔵庫にしまってあった栗を出したら、芽が出ていた!
はああ、尖ったところから芽が出るんだね。後で調べたらどうも根っこらしい。
芽はあとからでるみたい。弟は「植えるか?」と言っていた。桃栗三年だから、三年で実がなるんじゃない?って。写真を撮り忘れたので、絵で。

明治時代は、新しい時代にふさわしい音楽をということで、唱歌がたくさん作られた。
明治12、3年頃、文部省音楽取調掛では、つぎつぎとスコットランドの古い曲に新たに作詞していた。「蛍の光」も、その一つである。
先日、家にある古い歌集を見たら、蛍の光の、三番、四番の歌詞が載っていた。
その歌詞は
筑紫のきはみ、陸の奥
うみやま遠くへだつとも
その真心はへだてなく
ひとつにつくせ、国のため
千島の奥も、沖縄も
八洲のうちのまもりなり
いたらん国をいさをしく
つとめよ、わがせ、恙なく
この歌詞を初めて見た時は、びっくりした。卒業の歌だとばかり思っていたら、三番、四番では、卒業した後は国に尽くせと、激を飛ばしている歌だったのだ。
この四番の歌詞は、日本の領土が拡張していくにつれて、変わっていく。
昭和二年には、「千島の奥も台湾も」になり、さらに翌年には、「台湾のはても樺太も」に変わっていく。
三番、四番は、今は誰も歌わない。私は三番、四番があるのすら知らなかった。
「蛍の光」は、二番で終わりでいいと思う。
新潟教室新年会

暴風雪の天気予報で、どうなるか?と心配しましたが、薄日が差すお天気となり、新潟教室の新年会は、無事、予定通り、2月11日に行われました。
会場は、いつものお弟子さんのお店「魚倉」さん。
今回も、目に美しい春の彩の献立。煮物、揚げ物、寄せもの、焼き物などなど、美味しいいお料理とお酒をたっぷり堪能しました。
まず最初に、皆さん、今年の抱負を発表。11月のお浚い会に向けてや、今年も楽しくお稽古することなど、思い思いに発表が。
その後は、にぎやかにおしゃべりも弾み、あっという間の楽しい時間でした。
新潟も雪はほとんど消え、そろそろ春が近い感じです。
今年も、楽しくお稽古しましょう!!
明治の歌
今年は、ツララをたくさん見た。すごく大きいのも何個も屋根から下がっていた。
子どもの頃は、これでちゃんばらやったっけ。
カンカン、と2、3回ですぐ折れちゃうんだけどね。

幕末から明治にかけて、日本を訪れた外国人が、日本について書いたものを読むのが好きだ。もちろん江戸の人が書いたものも好きだが、江戸時代が終わろうとしている時に、別の文明からきた外国人が書いたものを読むことで、逆に江戸が分かったりすることがある。
明治には、西洋に追いつけということで、外国人大学教授がたくさん招かれた。明治16年6月、文部省から招聘をうけた音楽会の返礼として、フェノロサ、モースら四人の外国人大学教授による四重唱の会が行われた。モースたちは、「すべての名誉を兵士に捧ぐ」などの歌を大いに威勢良く歌った。会の後、200人の教師たちの歌の印象を知る。それを読んだモースは、戦争の栄光を褒め称える歌は、「この感情が静かな日本人にとって、むしろいやらしかったと知り、多少恥ずかしい気」を覚えた。そして、「その後我々は、日本人が、詩でも散文ででも、戦争の栄光を褒め称えたりしたことは、決して無いことを知った」と追記しているという。
しかし、このわずか数年後には、「抜刀隊の歌」など、軍歌がどんどん作られていく。この変化はなんなのだろう。明治という時代は、それまでずっと続いてきたものが、とんでもなく変わった時代なのではないかと思う。
平成30年は、明治維新150周年らしい。明治時代とはなんだったのか。
それがとても気になる。
雪の日
新潟の冬は、雪の冬だ。子供の頃は、12月に入ると雪が降り始めた。
大人になってからは、雪の量も少なく、期間も短くなった。
でも、やっぱり冬は雪だ。
お話を作りました。今回は絵入りです。
















お散歩
この季節にしては珍しく朝から快晴、しかも暖か。お日様に照らされて屋根の雪もどんどん溶けている。ぽたぽた、ぽたぽた、ひっきりなしに屋根から落ちる水滴の音が聞こえる。これって、子どもの頃から聞いている音。春が近い音だ。
この貴重な晴れを全身で楽しまなくっちゃ!という訳で、散歩に出かけた。
私が9年間通った通学路を行ってみる。

ひたすらまっすぐな道。子供の頃は、「まっすぐ道」と呼んでいた。そのまんまだ。
途中で折り返して、今度は左へ曲がる道を通って帰る。この道は、隣の集落を経由して戻る道だ。子供の頃は、「まがり道」と呼んでいた。これも、そのまんまの名前。
雪に日差しが反射して、まぶしい。どこもかしこも、どんどん雪が溶けている。
溶け残った姿が、かわいい。

道端は、雪が溶けて、草の芽が出ている。なつかしい緑。
わが集落が近づいてきた。

玄関に戻ってきた。
庭の鉢置きが顔を出している。がんばって!もうすぐ春だから。

庭の雪は今、ふくらはぎ位。
春よ来い。早く来い。
東京教室新年会
1月21日土曜日、お弟子さんのやっているお店、台湾料理「高味園」で東京教室の新年会を開催しました。
注目の大型新人Kちゃんも参加。着物姿もちらほらありと新年ムード。
初参加の方もいらっしゃるので、全員で自己紹介。研鑽会に発表予定の曲、今年の抱負などを順番に発表。こんな曲に挑戦します!笛をやってみたい!など、おいしいお料理を堪能しながら、にぎやかに盛り上がりました。
外は寒い北風でしたが、新年会はホットに楽しい会でした。
皆さん、6月の研鑽会に向けて、今年も楽しくお稽古しましょう!
写真は、沢山アップと思ったのですが、なんと、最初の一枚しか、うまく撮れていなかったとか、、、、。

乾杯前から、盛り上がっていました。
カエルのお引越し
今年は雪が少なくて暖かいから、庭のワビスケが早くもたくさん咲いた!と喜んでいたら、先週末の雪。お花もすっかり雪の下。

春を待って。おはなしを作りました。
<カエルのお引越し>
その年の春も、カエルは冬眠から目覚め、「よっこらしょ」っと地上へ出ました。
まだ肌寒いけれども、春が来たと知らせるように、陽はキラキラと明るく、どこまでも楽しげでした。
「さてさて」まだ動きがぎこちないけれども、カエルは歩き始め、「まずは腹ごしらえ」と、ちょっと手近なものを食べ始めました。
「おお、おいしい、おいしい」。やがて満腹になり、とってもゆかいな気持ちになりました。
「まずまずごちそうさま」
そうしてカエルの春が始まりました。
日に日に日差しは暖かくなり、優しい春の雨が降るたびに、草木の緑は濃くなりました。
「そろそろ卵を産まなくっちゃね」
そういうとカエルは、毎年卵を産むいつもの田んぼへ出かけました。
「あれ!」
いつもの田んぼは、水をはった田んぼではなく、なんと大豆畑になっていました。
「おやおや、ここは今年は田んぼじゃないんだね」
カエルは、歩いてきてくたびれていたので、ちょっと休もうと腰を下ろしました。
「こんにちは。カエルさん」
蝶蝶が飛んできました。
「あら、こんにちは」
「卵を産みにきたの?」
「そうなんだけどね、今年は田んぼじゃないから、ここには産めないよ」
「じゃあ隣の田んぼにすれば?水ももうはっているよ」
「だめだめ。あそこは別のカエルが毎年産むところさ」
「でも、まだ来ていないよ。先に産んじゃえば」
「そういうことはできないよ。それに後から来たって、卵は産むよ。そうするとオタマジャクシがあふれちゃって、みんな大変になるのさ」
「じゃあカエルさんは、今年は産まないの?」
「もし私が今年は卵を産めなくっても、この村のカエルがいなくなるわけじゃないし、それならそれでいいのさ」
「ふうーん。でもじゃあどうするの。カエルさんは今年は卵を産まないの?」
「まあまあ、まだ産まないって決まったわけでもないさ。もしかしたら、どこかに新しい田んぼや池ができていないとも限らないだろう」
「うん、、、、」
でも、蝶蝶は知っていました。この村は、だんだん人が減っています。「新しい田んぼや池なんて、あるはずもないのに」と思ったけれども、黙っていました。
「よっこらしょっ」とカエルは立ち上がりました。
「この位でいい?」
村のはずれに、越してきたばかりの家族がいました。「子供達と自然がいっぱいあるところに住みたいな」と思って越してきた家族でした。お父さんとお母さんに男の子と女の子です。この兄妹が今、お庭に池を作り上げたところでした。
「まずまず上等な池にみえるよ」水を入れながら、お父さんもうれしそうに笑っています。
「何が来るかな?」女の子はもう目をきらきらさせています。
「色んなものが来るよ。きっと」男の子もしゃがんで、水が増えていく水面を見ています。
「あ、あそこにカエルが!」女の子がカエルを見つけました。
「カエルさん、ここに住んでちょうだい。私たち、引っ越してきたばかりなの」
男の子も振り向きました。
「雨が降る前には、鳴いて僕たちに知らせてね」
カエルは二人に向かって、「ケロ」と一声鳴きました。
「あら、カエルさん、新しいおうちが気に入ったみたいね」お母さんがにっこりして言いました。
その日の夜、カエルは池に卵を産みました。今日から、カエルのお家は、このお庭です。
おしまい
着物は楽し
お稽古はほとんどの方が洋服ですが、時々着物で来る方もいます。

先日のお稽古では、Oさんは、着物で登場。着物でお稽古すると、お稽古場の雰囲気も変わります。

しかもこの着物、Oさんのお手製!それもそのはず、Oさんは、お針子さん。着物を縫うのは朝飯前!なのです。着物のプロなので、色々な知識も豊富。「シミのついた紬の着物をどうしたらいいかしら」「裄が足りない着物をなんとかしたい」などなどの会員の相談にのっています。
ちなみにシミのついた着物は、名古屋帯と半幅帯に、裄が足りない着物は、洒落た色を使って額縁仕立てにし、ちょっとおしゃれで個性的な着物に変身!
男性会員のWさんは、野袴を愛用しているのですが、裄の足りない羽織を陣羽織に仕立て直し、友人知人に大好評とか。
知識が広がれば、着物の楽しみも広がります。
お稽古はいつもお着物のTさん。

12月はかわいいサンタさんの帯でした。おしゃれ!

2017年 鈍行の旅
私が学生の頃、東京、新潟間の電車と言えば、「特急とき」か「急行佐渡」だった。帰省の時は、新潟県境の山々や川の美しい景色を眺めるのが、楽しみだった。
新幹線に乗り始めた頃は、長岡駅から高崎駅までの間がほとんどトンネルで、あの美しい景色が眺められないのかと、残念だった。
今年のお正月、新潟から東京に戻る際に、どうせ混むし並ぶし、ここは思い切って全部鈍行で帰ったらどうだろうと思いついた。急ぐ旅ではなし、あの懐かしい景色に会えるし、と、1月4日、鈍行で東京まで帰ってみた。
天気は曇り、県境は雪、トンネルを抜けたら晴れ。美しい夕焼けが見られた。
しかし、初めてのため勝手がわからず、良い席もとれず、窓が曇っていたため、景色もよく見えず、ちょっと残念だった。
そこで1月10日、鈍行の旅に再チャレンジ。今度は、お天気は絶好の晴れ。良い席も確保できた。
新津駅を昼前に出発。

越後国一宮のある弥彦山を遠くに眺め。

小出駅では、越後三山といわれる中ノ岳、越後駒ケ岳、八海山の雪山に喝采。

県境の雪山を眺めつつ

群馬県に入り、夕焼けを堪能し、高崎からは読書をして到着。
今の鈍行列車は椅子もふかふかだし、ちっとも疲れなかった。
時間がある時は、またやってみようかな。
新潟は昨日から大雪だ。越後平野も白一色になってしまった。






