梅と鶯

今年の新潟の雪はすごい!何年ぶりかの雪下ろし。
先日、前の方のお稽古が終わった時、待っていたお弟子さんが、「いやー、いい文句だねえ」と、にこにこと声をかけた。
「待てというなら」という唄なのだが、こんな歌詞だ。

「待てというなら 五年はおろか 柳新芽の枯るるまで
とかく浮世は 気散じな のほほんで 暮らしゃんせ

世間せもうして 気兼ねするよりも その日その日の風次第
とかく浮世は 色と酒 好いた同士で 暮らしゃんせ」

最後の「色と酒」を「色と金」と間違えて爆笑していたのだが、唄っていて楽しい唄だ。
「先日、ロックやフォークのコンサートに行ったんだけど、歌詞が、直接過ぎちゃってねえ。端唄は直接言わないのが、いいよね」と言っていた。
確かにそうだ。間違っても、「君は僕の太陽だ 愛している」などとはいわない。
男女は、梅と鶯によくたとえられる。
天明年間に流行した上方小唄にこんな文句がある。
「浮気鶯 梅をば捨てて 世間歩きの桃の花 何の意見を聞こぞいな ええ聞こぞいな」
早春にやってきた鶯が梅に来て鳴いたかと思うと、もう隣の桃の木で鳴いている。という風景だが、これは鶯が男。やっと一緒になったのに、もう世間ずれした他の女にうつつをぬかし、私の意見なんてちっとも聞かないわ!と女が腹を立てている唄だ。
きっと眉を吊り上げた美女が目に浮かぶ。
なんか絵になるなあ。どんな美女かは、お好みで。

2018-02-18 | Posted in ブログ, 邦楽Comments Closed 

関連記事