万人の万人に対する

今日は新潟の冬とは思えないとってもいいお天気だった。一日青空、一日ぽかぽか。こんな日に露天風呂に入れたわたしは幸せ。夕焼けもきれいだった。

植物は、水や栄養が足りない時に、「これが足りません」「これが必要です」というサインを根っこから出すのだという。そうすると、地中の微生物たちが、探してきて、持っていってあげるのだという。
その話しを聞いた時に、わたしは、「なんでそんなことをしてあげるんですか?」と聞いてしまった。それをしてあげると、自分たちにも、何か良いことがあるのかしら?
それに対する答えはこうだ。「お互いがいないと、そこでは皆が生きていけないから」
うかつにも、私は、何かの行動の理由が、損か得かというところに、どっぷりはまってしまっていた。
そうか、そうだよなあ。
ガリレオが望遠鏡を発明して以来、遠くのものを見る目、小さなものを見る目が、どんどん科学技術の発展とともに進んできた。
遺伝子も解明されて、私たち人間も、あらかじめある設計図の通りに進んでいくもののような気がし、細胞の中までことこまかに観察され、私たちは、設計図通りに進む一つの流れに乗って動く機械のような気が、ますますしていた。
ところが、腸内には100兆個の微生物がいるのだという。更に腸だけでなく体内にはどこにでも微生物がいる。それに、細胞内にも別の微生物がゴマンといて、一緒に生きているのだという。
いよいよすべての設計図が明らかになるのだと思っていた、その地平線の向こうからやってきたのは、無数の一緒に生きる生命だった。こうなると、設計図では計り知れない、偶然の出来事が重なって、生きて行くという物語が進んで行くのだろうと思う。
では、なんで細胞の中に、腸の中に、無数の生き物が住んでいるんだろう。
それは、お互いがいないとうまく生きていけないから。だから、お互いに必要なものをプレゼントしあうのだ。
「万人の万人に対する競争」は、ホッブスが言った言葉だ。
だけど、万人の万人に対するプレゼント、だったんだな。
そんなことを思った時、ちょっとうれしくなった。そして、ちょっぴり涙ぐんだ。

2016-12-12 | Posted in ブログ, 自然Comments Closed 

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