「初雪」
新潟は大雪。連日、凍るような寒さと雪。
唄の文句から、ふと物語が湧いてくることがある、そんなのを一つ。
「初雪」
路地の向こうから、雪を踏みしめる小走りの足音が聞こえてきた。
「いやー、参ったなあ。本当に雪になっちゃったよ」
「ほんとに」
紺色のウールのアンサンブルの着物に黒いストールを巻いた洋介と、黒地に赤い絣模様が飛んでいるウールのアンサンブルの着物にえんじ色のショールを巻いた音子が、カタカタと下駄の音をさせながら、路地を曲がってきた。
洋介は黒い折りたたみ傘、音子は、さっき買ったばかりのビニール傘をさしていた。
天気予報では、雪は夕方からだった。音子は、せっかく着物を着て、かわいい巾着袋も持ったので、荷物を増やしたくなかった。それで傘を持たなかったのが、失敗だった。
「こんなに早く降るとは思わなかったわ」
せっかくおしゃれしたのに、残念な気持ちで、音子は、ビニール傘を見上げた。
鉛色の空からは、後から後から雪が降ってきて、ふわりふわりと傘の上に乗った雪は、その細かい綿毛の様な先までよく見えた。
「きれい」
思わすつぶやいて、音子は立ち止まった。
音子が来ないのに気がついて、洋介が振り返った。
「どうした?」
「雪が降ってくるのが見えるのよ。一つ一つが、とってもきれいよ」
「へえー」
洋介が音子の方へ戻って来て、
「どれ」
と言って、屈むように音子の傘に入ってきた。
「本当だ、すごいなあ」
音子の肩に触れるような近さで、洋介は傘を見上げている。こんなに近くに洋介がいるのは、初めてだ。慌てて音子は、先に歩き出した
「ここ曲がったとこ、すぐだから」
音子は、路地を左に曲がり、古めかしい二階建て木造アパートの階段を登った。音子の部屋は、二階の突き当たりだ。
玄関先で雪を払い、傘立てに傘を入れると、ガチャリと鍵を開けて、部屋に入っていった。
(つづく)